P-MODELアルファ時代の名作を砂原良徳がリマスター!
1979年にシーンに登場したP-MODELは、デビュー直後こそテクノポップなサウンドが特徴だったが、その後よりダークでディープなサウンドへと突き進んでいく。そんな彼らが1985年と1986年にアルファ・レコードのレーベル“EDGE”から発表したアルバムが『KARKADOR』そして『ONE PATTERN』である。前者は平沢進(vo、g)のほか、後に有頂天に加入することになる三浦俊一(k)、元アレルギーの荒木康弘(ds)、そして4-Dやアフター・ディナーで活躍し本誌で今も健筆を奮う横川理彦(b、vln、vo)の4人から成り、バンド史上最もテクニカルな面子によるアグレッシブな演奏が特徴。対して後者は、三浦と横川が脱退した後に入った中野照夫(b、k、vo)、高橋芳一(systems)を中心に打ち込み色が強まったポップ作。いずれも充実した内容のアルバムであり、ソロとなった平沢が今でもステージで歌う曲が含まれている。そんな2作がこのたび『KARKADOR』リリースから40周年を迎えたのを機に、砂原良徳によるリマスタリングが施され、CDそしてアナログ盤(カッティングはバーニー・グランドマン!)として再発されることとなった。砂原に平沢進との縁、そしてリマスター作業について語ってもらうことにしよう。
砂原良徳と平沢進の深い縁
──今回、アルファ時代のP-MODELのアルバムをリマスターされたわけですが、砂原さんが最初に聴いたP-MODELのアルバムは?
砂原 『ANOTHER GAME』ですね。高校生のときに聴きました。
── 1984年リリースの5thアルバムですね。ダークなサウンドに突き進んでいた時代の作品ですが、どんなきっかけで聴くことになったのでしょうか?
砂原 高校生になってから年上の知り合いと接するようになって、その人の家にあったのを借りて聴きました。冒頭から普通じゃない……“リラックスしてください”っていうナレーションとともにα波を誘発する音が流れ、胡散臭いのを逆手に取ったような感じが良かったです。それでほかのアルバムも聴いてみたいなって思いました。
── ほかのP-MODELのアルバムで気に入ったものはありましたか?
砂原 いや、結局、高校生のときはたどりつけなかったんですよ。当時のP-MODELはEP-4や4-D、Phewといった関西のニューウェーブのようなちょっと怖いイメージで、近寄りがたい存在だったので。
── では、いつごろ出会い直したのでしょう?
砂原 結構遅いんですが、平沢さんがソロになって1stアルバム『時空の水』を出したころ……1989年ですか。あの時期ってニューウェーブは下火っていうか、もうほぼ終わりみたいな感じになっていて、ヨーロッパやアメリカではハウスやテクノ、そしてヒップホップが出てきて、ニューウェーブで聴きたいものが本当になくて。そんなときに平沢進がソロになったというので聴いてみたらすごく好きな音だったんです。
──その後、砂原さんは平沢さんが1991年に3rdソロ・アルバム『ヴァーチュアル・ラビット』をリリースした際、ツアー・メンバーとしてライブに参加します。どのような経緯で参加したのですか?
砂原 当時、僕は上京していて、永田(一直)君がやっていたトランソニックっていうレーベルの人たちと活動していたんですが、あるとき“平沢さんがシーケンスやサンプリングのデータを管理したりとか、簡単に白玉のコードを弾いたりできる若手を探している”ってことで、僕も含めトランソニック周りの何人かが面接に呼ばれたんです。面接場所に平沢さんはいなくて、凍結前のP-MODELから平沢さんと一緒だったことぶき光さんがいて、“シーケンサーはYAMAHA QXがメインだからね”って言われて……僕はずっとROLANDのシーケンサーを使っていたんで、“できません”って言ったんですね。そうしたら後で連絡が来て、僕を採用したいと。できませんってはっきり言ったのは僕だけだったんで、それが採用の理由だと(笑)。まあことぶきさんも北海道出身なんで、同郷のヤツだから使いやすいって思ったんじゃないですかね。
──平沢さんのツアーで砂原さんは何を担当していたのですか?
砂原 まず、仕込みのときにことぶきさんに曲を渡されて、“耳コピして打ち込んできて”っていきなり言われて(笑)。あとはデータの管理と、ステージではちょっとだけ鍵盤を弾きました。もちろんリードとかは任せられず、何曲かでコードを弾いたくらいでした。
── 砂原さんは、その頃まだ電気グルーヴには加入されていなかったのですか?
砂原 加入するのとほぼ同時期なんです。もうどっちが先かよく覚えていないんですけど、ただ電気グルーヴに参加したライブも平沢さんのライブも同じ週に始まっているんです。一週間の間に平沢さんのライブがあって、電気グルーヴのライブもあって、しかも、僕はまだ会社員だった(笑)。
80年代半ばならではの大きなドラム
──そのような関わりのあった平沢さんが1980年代半ばに作った2枚のアルバムのリマスターを担当することになり、砂原さんはどんな気持ちになりましたか?
砂原 いやー、いよいよ来たかと(笑)。予感はあったんです。アルファの原盤がソニーに移り、ソニーの知り合いのディレクターさんから“P-MODELのリマスター盤も出しますよ”と聞いていたので、ひょっとしたら弾が飛んでくるかもなと。もちろん、やらせてほしいっていう気持ちもあったので、来た来た~って感じでした。
──今回リマスターされた『KARKADOR』そして『ONE PATTERN』の2枚について、砂原さんはどんな印象をお持ちでしたか?
砂原 2枚とも『ANOTHER GAME』のダークなイメージがまだ残っている印象です。霧なのか煙なのか分からないけど音は霞んでいて、ザラザラ、ガシャガシャしているイメージ。もともとP-MODELは録音の仕方がユニーク……録音方法だけじゃなくて、変な道具を自分たちで作ったりして、ミュージシャンが“実験的”って言うレベルとは次元が違うんですね。そういう意味で2枚ともちょっと変わったサウンドのアルバムです。
──今の耳で聴くとドラムの音が大きいというか存在感がすごいですよね。
砂原 ええ、特に『KARKADOR』は大きいですね。ドッカンドッカン鳴るのはアート・オブ・ノイズに代表されるこの時代の特徴かもしれない……それこそさかのぼればXTCの『ドラムス・アンド・ワイアーズ』まで行き着く音。僕もその時期はドラムが大きくないと聴いてられないっていうのはありました。それにしても『KARKADOR』のドラムは大き過ぎる(笑)。まあ、それが魅力でもあるんでしょうけど。
── 『KARKADOR』のドラムは東映の撮影所という広い空間で録られたと聞いています。
砂原 ああ、それで生っぽくかつ大きな音になっているんだ。
──それに比べると『ONE PATTERN』のドラムは、ドラマーは『KARKADOR』と同じ荒木康弘さんなのに、かなり違うサウンドですよね。
砂原 多分『KARKADOR』で試したことを再検証しつつやったのが『ONE PATTERN』だと思うんです。そういう意味でも僕は『ONE PATTERN』のドラムの方が音色的に好きです。この時期は“ドラムも打ち込みでやったほうが早いよね”っていうやり方で、ハイハットだけ生であとはサンプリングした音を鳴らしている感じです。そのせいか、とにかくスネアの音が大きい……リマスターする際、本当に困るくらい大きかった。僕だけじゃなくてほかのマスタリング・エンジニアもそうだと思うけど、マスタリングってレベルを平均化させ、小さい音で聴いてもある程度楽しめるような感じを目指すんです。でも、それを『ONE PATTERN』でやろうとすると、スネアがもっと大きくなってしまう。『ONE PATTERN』のリマスターは、音圧を上げつつスネアが大きいのをどうやってまとめるか、すごく苦労しました。
──どうやってスネアをまとめたのかを伺う前に、今回リマスターするにあたって、元のマスターがどんな状態で砂原さんのところに届けられたのかを教えてください。
砂原 僕はデジタル・ファイルをもらってやることがほとんどなので、今回もファイルでもらいました。フォーマットは16ビット/44.1kHzです。リマスターの作業をしていたときは知らなかったんですが、CDマスターのファイルだったみたいです。当時のアルファAスタジオにはデジタルのマスター・レコーダーが入っていたので、てっきりミックス・マスターかと思っていました。でも、それは悪いことじゃなくて、実はこのころのCDってほとんどミックス・マスターと同じなんですね。今みたいなCDマスタリングがまだされていない時期で、ミックス・ダウンされた音をそのままデジタルにトランスファーしたものが多い。例えアナログのマスターが残っていたとしても、テープが劣化している場合がほとんどで、大体の場合、当時のCDマスターをもらったほうがいいんです。
── リマスターするにあたり、その16ビット/44.1kHzでもらったデータをどう処理していくのですか?
砂原 まず無条件で24ビット/96kHzにアップ・コンバートします。プラグイン・エフェクトのかかり具合が、44.1kHzや48kHzで動いているときと全く違うので。
──リマスターの作業にあたって使用したDAWは何でしょうか?
砂原 PRESONUS Studio OneとMAGIX Sound Forgeを使いました。ファイルを変換したりエフェクトをかけるときはSound Forge上でやった方が音がいいので、今回のリマスターもSound Forge上でほぼやって、その後Studio Oneで曲順ごとに並べてレベルを合わせて、CD用にSound Forgeで16ビット/44.1kHzにファイル変換しました。
──Sound Forgeではどんなエフェクトを施しましたか?
砂原 マルチバンドのコンプとかリミッターとかマキシマイザーとか、本当に一般的なものです。プラグインではIZOTOPE OzoneやWAVES Bass Rider、API 560。あとはFABFILTER Pro-L 2やA.O.M. Stereo Imager Dかな。結構いろいろ使っていて、曲によってバラバラでした。
──アルバムを通して同じセッティングではなく、曲ごとに使うプラグインを変えてマスタリングをしていったのですね。
砂原 基本的には通しでセッティングするつもりだったんですけど、タイプが違う曲が多くて。似たタイプの曲では同じセットを使うこともありましたが、ちょっとアプローチが違う場合はイレギュラーなプラグインを入れたので、結果的には割とバラバラなセッティングになりました。
── 『KARKADOR』と『ONE PATTERN』とでやり方は異なったのでしょうか?
砂原 大きくは違わないですけど、『ONE PATTERN』の方が手数が多くなりましたね。やっぱりスネアが大きいのを抑えることに苦労しました。家で作業して、次の朝、水泳に行くときに聴き返すんですけど、“あー、やっぱりデカいわ~”っていうのを何日も繰り返して……。でも、単にスネアを下げるのはやりたくなかったんです。なぜならそれは魅力のひとつだから。抑えるんじゃなくて、なじませる形に落とし込みたかったんです。
──スネアをなじませるために具体的にどういう方法を採ったのでしょう?
砂原 ダイナミクス系プラグインを使って、アタック・タイムとスレッショルドを微妙に設定していくわけですが、その設定の際に、抑えるっていう考え方になるべくならないようにしました。抑えるのは簡単ですけど、そうしたら曲が変わってしまう……怖いP-MODELじゃなくなってしまうなと。
──怖さは残したかった?
砂原 はい。あとはやっぱりバンドの意図っていうものも当然ありますからね。何かの記事で読んだことがあるんですけど、この頃のP-MODELはレコーディングに苦労していて、満足したとは言い切れなかったようなんです。だから、平沢さんをはじめメンバーの方々が当時頭の中に思い描いていた形を想像し、それを目指してリマスターしました。
── この2作品に限らず、P-MODELはエンジニアさんと意見が合わないことが多かったようですね。
砂原 当時のアルファのエンジニアさんもみんな優秀な方だったと思いますし、P-MODELのメンバーもそれぞれいろんな知識も持っていたし、テクニックも持っていたと思うんです。これは僕の推測ですが、アルファのエンジニアとP-MODELには共通言語が少な過ぎたのではと。アプローチが全然違ったので、どうしても噛み合わなかった。この当時だったらP-MODELはドイツとかに行って録ったほうが良かった。それこそコニー・プランクに録ってもらえば良かったのかもしれない。そういう人となら共通言語があったんじゃないかって気がします。
──リマスターされた2枚を聴かせてもらいましたが、当時の質感はそのままに、音圧が少し上がり、低域の量感は増した印象です。
砂原 オリジナルの良さは大切に残しました。その上で、“よそ行き”に仕上げたら、2枚とも意外にポップなアルバムだと思いました。
── よそ行きに仕上げるとはどういうことなのでしょう?
砂原 例えばバンドが“汚い”とか“汚れている”っていう表現をしたいんだったら、それがどういうふうに汚いのか、どういうふうに汚れているのかが、本当に分かるように汚してあげる。より分かりやすくするっていうのが僕がマスタリングをする際の考え方なんです。
──今回アナログ・レコードも発売されるとのことですが、アナログのカッティングは砂原さんがマスタリングしたファイルを元に行われたのですか?
砂原 そうです。昔はアナログを切るときはCD用マスターとは別にアナログ用マスターを作ったんです……針飛びしないように低域を抑えるとか、ハイが落ちるだろうから抑えつけるのをちょっと柔らかくしておくとか。でも、それは本当にごく初期の話で、今はCDもアナログも全部同じ24ビット/96kHzのマスターを作っています。自分の仕上がりはこの音ですっていうことで、そこから先はカッティング・エンジニアさんの仕事。カッティング・エンジニアさんに伝えるべきことは、もうこのマスターの中に入っているという考え方ですね。
ほかのアルバムのリマスターへの意欲
──今回、非常に重要な時期のP-MODELのリマスターを担当されたわけですが、振り返ってみてどうでしたか?
砂原 やり切った感じはしますね。と、同時にほかのアルバムもやりたくなりました(笑)。今回、マスタリングではあるものの、やっとP-MODELに触れることができたなっていう感じなので。
──先ほど平沢さんとの関わりを伺いましたが、砂原さんが実際にP-MODELに関わったのは今回が初めてとなるわけですね。それこそ電気グルーヴに加入された時期に、P-MODELへの加入も打診されていたそうですが。
砂原 はい。もちろん、P-MODELのメンバーになるってことはすごく名誉なことなんですけど、当時僕が思っていたのは、新しいことをやろうとするなら、師匠みたいな人の横についているのはいいことではないんじゃないかっていうこと。いい音をいっぱい聴かせてもらって、さらに甘えてしまっていいのかという自問自答があったんです。
──未来を見据えた判断だったのですね。
砂原 でも、最近このリマスターのニュースが伝わったからか、ことぶきさんからプノンペン・モデルのマスタリングをやってほしいと急に言われて……『Vast Empty Pulse』というアルバムで、平沢さんも参加している。それも含め、何か急にP-MODELに接近してる状態ですから、僕とことぶきさんとで平沢さんに“一緒にP-MODELやりましょうよ”って言いに行ったら面白いですかね(笑)。
Release
『KARKADOR』
P-MODEL
(ソニー)
Musician:平沢進(vo、g)、三浦俊一(k)、荒木康弘(ds)、横川理彦(b、vln、vo)
Producer:神尾明朗
Engineer:小池光夫、近藤祥昭、土井章嗣
Studio:LDK、GOK SOUND、サムウェア、東映東京撮影所、アルファA
『ONE PATTERN』
P-MODEL
(ソニー)
Musician: 平沢進(vo、g)、荒木康弘(ds)、中野照夫(b、k、vo)、高橋芳一(systems)、神尾明朗(k)、松本かよ(vo)、杉並児童合唱団(cho)
Producer:神尾明朗
Engineer:土井章嗣
Studio:アルファA、LDK、ミュージックイン山中湖